せたログ

主に自転車の旅について,不定期投稿します

年末年始紀伊半島一人旅part4

2019年1月1日午前1時半。

シュラフの中で目を覚ました時には

既に新しい一年が始まっていた。

標高1300m、テント内は-5℃。

辺りは真っ暗、携行していたランタンが夜闇をうっすらと照らしてくれる。

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夕方に吹き荒れていた風は止み、空には星が煌めいていた。

誰もいない、電波も入らない深夜の峠で、ひっそりと活動を始めた。

夜の雪山へ

寒さで点火してくれないガス缶をシュラフ懐炉で必死に温めて湯を沸かし、食事をとった。

冬季閉鎖中のトイレ小屋に張っていたテントを畳み

アイゼンを装着してザックを背負って出発したのは、午前3時半頃だった。

目指すは釈迦ヶ岳頂上。

お釈迦様の像と美しいご来光が待っている筈。多分。きっと。

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夜の雪山は怖い。

単純に夜山に一人というのが心細いというのはあるが

それ以上に道迷いや滑落による遭難を心配していた。

それと、恐らく冬眠中で出てこないとは思うけれど熊もちょっと怖かった。

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ある程度トレースがついていたのでそれを辿って登った。

風雪でトレースが消えている箇所は、こまめに来た道を戻って確認した。

電波は一切入らなかったが、予め入れておいたオフラインマップとスマホGPS

自身の位置がルート上にあることを確認できるYAMAPアプリには助けられた。

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ピッケルは携行していなかったが、急坂がそれほどない道だったのでストックで十分事足りた。

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東からのぼりはじめた月の方角をたよりに歩き続ける。

稜線に出ると、木々はまばらになり空が広くなった。

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空には星がきらきらと輝き、時折流星も見えた。

足元の雪もヘッドライトに照らされてきらきらと光っていた。

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朝が近づくにつれて気温が下がってゆく。

温度計は-10℃を指していた。

ご来光

午前6時半、空が紅くなってきた。

明るくなってくると随分と安心感が違う。

頂上付近の斜面は一段と雪を蓄えている。

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日の出の時刻10分前にお釈迦様が見えた。

なんとか間に合ったらしい。

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元旦の誰も居ない静かな山頂を独り占めできる贅沢。

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誰もやってこないような時間の誰もやってこないような場所。

人が多い場所は落ち着かなくて嫌いだから

こんな山奥に逃げてきたのかもしれない。

などと考えながら、朝日が昇るのを待った。

世界中から人がいなくなったのではと錯覚してしまうほどに

孤独で静かで幸せな時間が過ぎてゆく。

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あけましておめでとうございます。

釈迦ヶ岳山頂

快晴の釈迦ヶ岳山頂、非常に景色がいい。

一等三角点として登録されているだけはある。

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朝日を背に、釈迦ヶ岳の大きな影が紀伊山地の山々に覆いかぶさっていた。

よくも自転車と自分の脚だけで大阪からここまで登ってきたものだと思う。

標高1800mと他大多数の山々より頭一つ高いこの山頂からは紀伊山地が一望できる。

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近畿地方最高峰の八経ヶ岳が目の前に。

あちら側はもっと雪深そう。

日本百名山に登録されており、山体を見て登りたくなってしまったが、ぐっと堪えて写真だけ撮っておく。

登るのはまたの機会に。

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ここは世界遺産大峯奥駈道の一部。

釈迦如来像の周りに散りばめられたお札たちが

ここが修験道の修行場であったことを彷彿させる。

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釈迦如来像にはエビのしっぽがついていた。

この大きな銅像大正13年、鬼マサという一人の強力によって担ぎ上げられたという。

鬼マサ、強すぎる。名前負けしていない。

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写真はたくさん撮れたし、体も冷え始めたので下山を始めることにした。

つづく。

年末年始紀伊半島一人旅part3

初日の夜、温泉のオーナーであるOさんに拾われた。

Oさんは笑顔で

「お前みたいなのは嫌いじゃ」

と何度も云いながら、たくさん身の上話をしてくれた。

私は餅とカニ缶を入れたラーメンとビールまでいただいてしまい、温かい布団で眠ったのだった。

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山深くへ

12月31日、大晦日の朝。午前6時に起床。

Oさん宅にて納豆パンと珈琲をいただき出発した。

本当にお世話になりました。

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山深い場所なのでところどころに路面凍結や積雪があった。

道の駅大塔併設の温泉で特別に朝風呂を浴びさせていただき、体を温めて山間部を快走する。

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林道に入ると、一切車を見なくなった。

目指すは標高1300mの釈迦ヶ岳尾登山口。

斜度が急にきつくなり、ペースが上がらない。

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人気のない静かな山道を登りながら

「年が暮れてゆくなあ」と感じていた。

人里離れた場所でひっそりと年を越すのは初めてだ。

このあたりから一切電波が入らなくなった。

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熊出没注意の看板のアピールが激しい。

無駄にビビらせてくる。

熊のいない九州に住んでいる身としては

こういうのは非常に刺激的で良い(良くない)

...

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!!!

通行止め...3日前からじゃないか...

絶妙なタイミングで林道の行く先が冬期通行止めとなり、バリケードが施してあった。

行くか戻るか。

道路標識はないし県警の文字が見当たらないので、法律の縛りがあるわけではなさそう。

「この先で起きた事故に関しては一切の責任を負いません」

と書いてあるということは

それなりに危険な箇所があるから通行止めにしているのだろう。

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冒険のはじまり

勿論戻るなどという選択肢はなく、バリケードの脇からそっと回り込んで先を目指すことにした。

ここからはわざわざ危険を冒しに行くようなもの。

文字通り冒険、全て自己責任となる。

細心の注意を払って進まなければならないし、トラブルに見舞われたら即座に撤退の判断をしなければならない。

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次第に雪が深くなり、路面の凍結もひどくなってゆく。

熊は冬眠中のはずだが、念のためラジオを流しながらペダルを回した。

誰もいない。背中のラジオと風の音だけが鼓膜を揺らす午後。

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朝からお店というお店を見ていない。

昨日大量に食料を買い込んでおいて正解だった。

凍りかけのおにぎりを食べつつ、さらに進んだ。

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急な斜面に氷が張っている箇所はタチが悪い。

傾いたスケートリンクのようなもので、そもそも自転車には乗っていられないし、気を抜けば転倒しそのまま滑り落ちるだろう。

(重いけれどスパイクタイヤも持ってくればよかった?)

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だから氷結した路面で立ち往生したら、とにかく踏ん張るしかなかった。

そして転ばないようバランスを取りながら、摺り足でちょっとずつ前へ進む。

楽しい。ドキドキする。

緊張感は心地よいけれど、ペースが全く上がらない。

崖側のガードレールもまばらな山道がこんなに凍結してくれたのでは、通行止めにするのも頷ける。

これ以上先へ自転車で行くのは現実的ではないと判断したのは、標高800mあたりだった。

さらば相棒

自転車を押し歩かなければ進めないような急坂の凍結路が増えてきたので、登山口まで自転車で行く当初のプランは断念した。

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テントやシュラフ、食料を背負って歩く。

ここからは歩いたほうがきっと速いし、安全だ。

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登山のために持ってきていたアイゼンを装着した。

まさかここで使うことになるとは思っていなかったが、凍結した路面を噛んでくれるので歩きやすくなるはず。

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待っててね。

ここまで連れてきてくれた相棒に別れを告げて更に上へ。

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非常に歩きやすくなった。

釈迦ヶ岳登山口へ

道中、1名だけ山から徒歩で下ってくる方がいた。

風が強かったので登頂はしていないとのことだったが

ここらの山々をトレッキングしていたらしい。

「まさか人に出会うとは思ってなかった」

と言われた。

こっちの台詞だ。

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そんなこんなしている間に登山口が近づいてきた。

日が暮れるまでにぎりぎり辿り着けるだろうか。

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重く垂れこめた雲はどことなく湿っぽさを醸し出しながら、紀伊の山々を覆っていた。

時折雲間から覗く太陽が辺りを黄色く染める度に、少しだけ安心した気持になっていた。

2つの足と2つのストックで歩き続ける。

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あれが釈迦ヶ岳だろうか。

標高1300mの登山口に辿り着いたのは、日が暮れる15分程前だった。

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風が非常に強く、明日の登山が心配になる。

雲の流れは速い。けれど雲量は少しずつ減っているようにも思える。

登れるかどうかは年が明けてみなければわからない。

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夕陽に照らされたシュカブラが美しい。

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この年最後の夕陽が沈んでゆく。

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この階段を上がった先はすぐに登山道。

明日夜明け前の真っ暗な中を一人で歩くことになるだろう。

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風が吹き荒れ、とても一人でテントを設営できる状態ではないので、冬季閉鎖中のトイレ小屋の入口スペースをお借りすることにした。

気温は-5℃だが、直接風を受けるよりは幾分か暖かい。

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年越しそばならぬ年越しカレー麺を食べていよいよ年越し。

誰もいない山奥での孤独な年越し。

本当に一人になれた夜はこれが初めてかもしれない。

冬の北海道でも基本的にスマホは繋がっていたし、寝床から少なくとも5km圏内には人が住んでいた。

対して今は20-30kmほど麓へ下らなければ家はないし、ずっとスマホは圏外のまま。

安全と引き換えに、何にも縛られない自由の中に横たわる権利を手にした。

誰からも見えないところに自分がいるのだと思うと気持ちが軽かった。

太い動脈あたりに懐炉を貼り付けシュラフに潜り込むと、走り疲れ歩き疲れのせいかあっという間に瞼が重くなった。

つづく。

年末年始紀伊半島一人旅part2

今回の旅の最大の目的は釈迦ヶ岳のご来光登山と本州最南端の潮岬。

絶対に譲れないのはその二か所で、その他行けそうであれば獅子岩伊勢神宮あたりも考えていた。

年末になかなか時間がとれなかったため、ルートは昨日の新幹線の中で雑に引いた。

まずは奈良県の山奥を目指して自転車を進めることにする。

大阪~五條

12月30日朝、大阪の通天閣を出発地点とすることにした。

紀伊半島をざっくり1周走ってゴールの通天閣に戻ってこようと意気込んでいた。

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トラブルに見舞われたため残念ながら全行程を予定通りにこなすことは叶わなかったが

それはまだ後のお話。

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せっせとペダルを回しプチ峠を越えて、和歌山県橋本市に入る。

朝の青空は姿を隠し、どんよりと曇ってきた。

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麺や・えんにてゆずごまラーメン。

ここは変わり種ラーメンが多く、チョイスに迷った。

ゆずのすっきりとした香りがラーメンのこってり感を和らげて美味。

下り坂で冷えた体を温めることができた。

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奈良県へ。

紀伊半島の内陸部へ向かっているため、坂ばかり。

冬期登山の装備を積載し、ザックにもストックやらアイゼンやらを詰め込んでいて重いので

少しずつ疲労がたまってゆく。

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雪山用のインナーグローブを片方失くしていたので、五條のモンベルショップへ。

街中だけではなくモンベルは山の麓にもお店を出しているので好感がもてる。

出先で忘れ物をしても、なんとかなってしまう。

登山予定の釈迦ヶ岳について店員さんに話をきくと、そこそこに雪が積もっているとのこと。

こわいと思う反面、雪景色に期待が高まる。

紀伊山地

いよいよ五條を離れ、本格的な山道に入る。

予定より少し遅れて、市街を離れたのは日が傾き始めたころだった。

山道最後のコンビニであるファミリーマートにて

余裕をもって4日分の食料や水分を確保し

ザックやサイドバックに詰めて坂道を登ってゆく。

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寒気のせいか標高が高くなっているせいか、外気温は0度近くと寒くなっているが

大荷物を積んで坂を登っているため、だんだん薄着になってゆく。

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山道なので、厭になるほどトンネルが多い。

今日の目的地は道の駅。

標高700mあたりにある寝床を目指して

無心でペダルを回していた。

夜の山道

気がついたときには夜だった。

まだ6時そこらではあるが、辺りは真っ暗になっていた。

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車もまばらな山道に、時折猿の鳴き声がキイキイと響いていた。

次第に右膝に違和感を覚え始めた。

延々と終わらない急坂、大量の食料・登山装備。

久しぶりの自転車旅に、体は情けなくも軋んでいた。

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「はやくしなければ温泉が閉まってしまう」

そう思って焦ってペダルを踏み込んだのがいけなかった。

右膝に激痛が走り、暫くは自転車を押し歩いて坂を登ることになった。

真っ暗な寂しい山道と、まともに進めない自分。

どうしようもない無力感と孤独が襲い掛かってきた。

西吉野桜温泉

「もうお湯抜いちまったよ。ごめんな。」

やっとの思いで辿り着いた温泉は、年末年始の短縮営業のため

Googleが示していたのより2時間も早く店じまいをしていた。

旅の醍醐味である温泉に期待を寄せていただけに、かなりショックだった。

街灯すらない急な坂道を今夜これ以上登るのは

体力的にも精神的にも限界だった。

温泉の方に「ここの駐車場にテント張って一泊してもいいですか?」

と許可をとった。

星がきれいだった。

「野宿か。今夜は冷えるぞ。うちに来るか?」

温泉のオーナーの方が、そう言った。

厳冬期北海道初日の記憶がデジャヴする。

seita.hatenablog.jp

また、拾われてしまった。

つづく。

年末年始紀伊半島一人旅part1

プロローグ

夏の天草プチ旅を終えてからすぐに年末年始の有給申請をし

博多-新大阪間の新幹線切符をとった。

サラリーマンには貴重な9連休、どこかへ行かない手はなかった。

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こうやってサイドバッグに荷物を詰めて

輪行袋に自転車を入れて列車を待つわくわくを

まだ味わうことができている事実に喜びを感じていた。

学生時代には、自転車で旅をするのだと話すと

「今しかできないことだから、精一杯楽しんで。」

と大人たちは言った。

そんな言葉に揉まれ、自転車で中長期の旅をするのも

サイクリング部引退を間近に控えた大学3年夏の乗鞍・富士山ツアーで最後だろうと

勝手に思っていたところがあった。

blogs.yahoo.co.jp

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しかし大学4年の冬、その予想に反して心は自転車旅に惹きつけられ

体は勝手に動いていた。

冬の北海道を走りたいという衝動に駆られて

1週間ひとりで真っ白な北の大地を旅した。

seita.hatenablog.jp

「今しかできないこと」って何だろうか。

仕事を始めたら、自転車の旅はできなくなるのだろうか。

学生時代はよくそんなことを考えていた。

こうやって大荷物を抱えて新幹線のホームに立っている自分が、その問いへの答えだった。

大阪へ

12月29日夜、列車に運ばれて大阪へやってきた。

学生の頃と変わったことといえば、長期休暇をとれる時期に限りがあることと

ひとりで旅をするようになったこと

青春18きっぷが新幹線の乗車券になったことくらいだろうか。

川の向こうの摩天楼が美しかった。

明日からの旅程に胸を躍らせながら、天王寺に住む弟のアパートで一夜を過ごした。

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つづく。

灼熱の天草一人旅part2

サウナ状態のテント内環境に苦しめられ、寝付くまでに3-4時間。

飲んだ水がその場で汗腺から放出されていくような感覚を味わった夜だった。

干しダコにでもなるんじゃないかと思った。

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昨日の干しダコ

苓北へ

なんとか干からびることなく下田温泉の路肩のアスファルトで夜を明かした。

今日こそは早朝に出発。

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テントの撤収を済ませて午前6時、天草灘を望む海岸線を快走する。

遠くに苓北発電所のシルエットが見える。

積載する荷物を減らしたかったために火器を持ってきておらず、自炊できないのでコンビニが見つかるまで朝食はお預け。

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コンビニを見つける前に富岡城へ到着してしまった。

ここ富岡城は、苓北の北西に位置する富岡半島の丘のてっぺんに建てられた城であり、島原・天草一揆の戦場となった場所だ。

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ビジターセンターは開館前だったので、景色を眺めては写真を撮っていた。

富岡半島と天草下島を繋ぐ砂州が美しい。

観光も済ませたので富岡半島を抜け、やっと見つけたコンビニで朝食を購入し、海岸線を時計回りに走り続ける。

道端の”おっぱい”

突然ですが、皆さんおっぱいは好きですか?

私は大好きです。

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海岸線を快走しているとき、”それ”は視界に飛び込んできた。

街灯の明かりにつられる夏の虫の如く、足が勝手にそこへと向かっていた。

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一億年もの歳月を経てできたおっぱい岩なのか、これは趣深い...

伝承では、もともと地中深くにあったものが雲仙の噴火により飛来したとされている。

ここには大きなおっぱい岩と、更に小さなおっぱい岩もあるそう。

様々なニーズにお応えしてくれる天草の懐の深さ、侮れない(黙れ)。

さて、それでは現物を拝んでみるとしましょうか。

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見えない。目を凝らしても、立ち位置を変えても見えない...

このおっぱい岩、干潮時でなければ海中に姿を隠してしまうらしい。

無念、否。

簡単に拝めてしまうのであれば、有難みが薄れるというもの。これでいい。

さらばおっぱい岩、また逢う日まで

鬼池

泣く泣くおっぱい岩に別れを告げ、海岸を走り続ける。

だんだんと空が曇ってきた。

太陽が隠れて景色が霞み、朝なのに不気味な雰囲気が漂っている。

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五和町鬼池からは対岸の島原半島・早崎が目の前に見える。

その距離約4km。昭和の時代からここに橋を架ける構想があるが、とうとう実現しないまま平成も終わるようだ。

鬼池からはフェリーを使えば30分程度で島原半島に渡ることができる。

おどみゃ 島原の おどみゃ 島原の  梨の木 育ちよ  何の梨やら 何の梨やら  色気なしばよ しょうかいな  はよ寝ろ 泣かんで オロロンバイ  鬼の池ん 久助どんの 連れんこらるばい  (島原の子守唄)

その昔、島原や天草の女子供がここ鬼池久助どんに連れてこられ、外国人によって人身売買されていた。

この非人道的な人身売買は、政府がキリシタン弾圧に踏み切った原因のひとつとされている。

どんよりと曇った空の下、湿っぽい歴史の残る場所を走った。

オリーブと海鮮

霞はだんだんと晴れ、午後にかけて天気は良くなっていった。

瀬戸内海小豆島と気候が似ているという島原・天草。

オリーブ園があるとのことだったので、寄り道してみた。

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有明海は海鮮が美味しい。

対岸の島原半島が故郷なので、それはよくわかっていた。

走り続けてお腹も減ったので海鮮を食べることにした。

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刺身定食を注文した。

刺身はぷりぷりで、あさりの味噌汁も絶品だった。

隣のテーブルで「あさりの味噌汁定食」みたいな巨大味噌汁定食を食べている方がいた。

インパクト抜群で「おいしい」という声もあがっていたので、今度行ったときはそっちも食べてみよう。

ただいま上島

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上島の有明町へ戻ってきた。

猛暑のため、上島は補給ポイントの少ない南側を回らず、来た道を戻ることにした。

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タコと多幸をかけているらしい。うまい。

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道の駅有明の目の前では祭りが開催されていた。

ビーチには巨大なサンドアートが10ほどずらっと並んでいて壮観だった。

夜には花火があがるらしいけれど、のんびりしていられないのでペダルを回す。

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ずっと地図とにらめっこしながら走るのは嫌いなので「こっちいけるかも」という道を走ってみる。

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残念ながら行き止まり。

だけど涼しい木陰があったのでちょっと休憩。

三角港へ(withビッグスクーター

この日、友人がバイクでやってくるとのことだったので、どのあたりで合流できるだろうかとぼんやり考えながら走っていた。

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天草5橋の2号橋あたりで無事合流。

午後3時、日は傾いてきたが今日も猛暑日、暑すぎるので喫茶店で避暑。

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冷たいレモンケーキとアイスコーヒーが火照った体に沁みる...

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ノープランだったけれど、世界遺産三角西港までの片道約15kmを一緒に走ることにした。

一緒にとはいえ、バイクはめちゃくちゃ速いので先行してもらい、自転車の私は必死で追いつこうとがんばるスタイルとなった。

だいぶ待ってもらった気がする。

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三角西港ではふわふわのかき氷を。

世界遺産そっちのけで冷たいものを体が求めていた。

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夏はあかん

夕暮れの三角西港で友人とバイバイし、車を停めている道の駅へ引き返す。

2泊3日の旅を予定していたが、走っている日中も野宿する夜中も暑さで体力が削られ続けていたので2日目のうちに帰宅することにした。

今度夏に走るならば、ちゃんと民宿なり旅館なりとろう。

そして暑さがましな午前中に走って、午後はどこか涼しい場所で昼寝でもしていよう。

猛暑に殴打され、そんなことを考えていた帰り道だった。

とはいえ天草は景色もよかったし、飯も美味しかった。

上島の南半分と下島の牛深は行けなかったので、今度は暑くない時期にお邪魔しよう。

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次は冬に走ろう(両極端)。

灼熱の天草一人旅part1

目が覚めた。7月14日午前6時半。

本来ならば、午前3時から走らせた車が上天草に到着し、自転車に乗り換えている筈の時間。

それなのにどうして天井を見ているのだろう。

今年の夏は暑い。

準備万端だけど、暑いなか走るのはいやだなあ...

三連休プチ旅

4月から新社会人として働き始めて早数か月。

仕事終わりに2月の北海道旅の写真をRAW現像し記事を書き...という生活を送ってきた。

つまりほぼ毎週のようにセルフ旅テロを食らっていたということになる。

久しぶりの三連休、出かけないわけにはいかない。

キリシタン遺跡が世界遺産として登録された天草を走りたい。

いざ、天草上島・下島一周の旅へ。

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天草上陸!

天草五橋のうち最初の橋を車で渡り、上天草に上陸したのは午前10時半。

既に気温は35℃近い。走る前から行く先が不安になってくる。

荷台に積んだ自転車をおろしてパッキング。時間がないので息つく暇もなく出発した。

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2~5号橋をさくっとわたり上島へ。

天草五橋は交通量が多く狭い路肩を走ることはできなかったので、車道より一段高い歩道を徐行。

1966年に有料道路としての五橋が完成して僅か9年で償還完了し無料開放されただけはある、車がめちゃくちゃ多い。

橋の歩道は橋の終わりの部分に突然大きな段差が現れ、肝を冷やした。(危うく宙を舞うところだった)

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ステンドグラスの天草四郎がお出迎え。

いつの間にかお昼時、空腹に比例して気温もぐんぐん上がってゆく。

折角の天草諸島を目に焼き付けるべく、名勝「高舞登山」へ。

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藪蚊の舞う急坂を越えた先には駐車場。

ここからは歩いて登るらしい。

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多少ガスっているけれど、絶景。

さっき走ってきた橋たちが遠くに見える。

空気が澄んでいれば奥に雲仙岳も見えたらしいけれど、多くは望むまい。

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空腹もピークなのでそそくさと下山。

日陰にひっそりと生き残りの紫陽花が咲いていた。

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海沿いを快走。

水が猛スピードで減ってゆく。

暑さから逃げるように道路沿いにあった食堂「よりみち」に寄り道することにした。

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地元住民のローカルな会話が耳に入ってくる店内。

タコが有名とのことだったので「揚げタコ丼」を注文した。

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暑さにバテたせいで油モノはきつかったけれど、それ以上に美味しかった。

サーバーごと出して下さっていた塩入り麦茶が1.5Lほどあったが、飲み干してしまった。

予想以上に水分が足りていなかったらしい。


「よりみち」から5kmほど走ったところの道の駅ありあけで「リップルジェラート」を注文。

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店員のおばちゃん、ジェラートを乗せ損じて手の甲に落とす。

「ぴっ(手の甲に落ちた塊を乗せなおす)。あ、見た?」

しっかり見てしまったけれど、おばちゃんの笑顔に免じて思わぬサービスを受け取ることにした。

ジェラートの上の塊は、そういうことです。

平和な時間が流れてゆく。

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猛暑とのたたかい

天草最南端の牛深まで行こうと思っていたが全く足が進まない。

ショートカットして下島の中央を進み、日のあるうちに一番の目的地である「崎津集落」を目指すことにした。

水を被り、水を飲み、影を見つけて休み、水を飲み。

延々とコンビニすらない道を走る。

連日の猛暑日の例に漏れず、今日も猛暑日

高温注意報が発令され、原則屋外での運動は禁止とのことだったが、立ち止まったところで涼しくなるわけでもないし、涼しいお店なんてどこにもないし、鉄道も無いため輪行に逃げることすらできない。

自転車は立ち止まった途端に汗がどっと噴き出してくる。走っている方がまだ涼しい。

進むことしかできない。

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下島中央、アスファルトの上、40℃。

意識が朦朧としていて、リップルアイス~崎津集落到着までどんな道を走ったかあまり覚えていない。

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涼しい早朝のうちに距離を稼ぎ、灼熱の午後は涼しい場所を見つけて優雅に過ごすつもりだったのに...

畜生、どうしてこんなことに。(※寝坊したせいです)

崎津集落

陽が傾いてくると多少は走りやすくなった。

海岸線のカーブの先に、ずっと見たかった景色があった。

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夕暮れの崎津集落に到着。

2018年6月30日に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産登録された。

世界遺産登録されたてほやほや2週間、故に「崎津集落世界遺産に」といった看板も多く目にした。もうなっとるがな、世界遺産

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夕日に照らされる崎津天主堂の十字架。

美しい建築だ。

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集落の70%が隠れキリシタンだと発覚した「天草崩れ」の舞台である「崎津諏訪神社」。

弾圧下でも神社にマリア像を忍ばせて「アーメンデウス」と唱え続けていたという。

当時の隠れキリシタンたちは、どうして命を懸けてまで信仰を貫いたのだろう。

神社と教会が共存する不思議な空間がそこにはあった。

天草の夕日

夕日が美しいことで有名な天草。

幸いしっかり晴れている(日中はすごく暑かった)ので、夕日はよく見えるはず。

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崎津の海上マリア像にさよならして、下田温泉へと急ぐ。

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大江天主堂も拝んでいきたかったが、日が沈んでしまうのでパス。

遠目に眺めて写真を一枚だけ。


気温が下がると格段に走りやすくなる。

天草夕日八景の「下田の夕日」を目指して、ペダルを漕ぐ足に力が入る。

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息をのむような絶景に、今日の疲れが吹き飛んだ(気がしました)。

朝寝坊したことも、猛暑に干からびたことも、どうでもいいじゃないか。

ここがパンフレットに載っていた「下田の夕日」のビューポイントではないこともそんな小さなこと、どうでもいいじゃないか。(間に合いませんでした)

ゆっくりと沈んでゆく夕日を眺めながら、いつの間にかどこからともなく現れた蚊に足を刺されながら時間は過ぎていった。

夜と蟹

夕暮れに本日の終着地「下田温泉」到着。

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ここは700年前に一羽の白鷺が傷を癒していたことから発見された温泉なのだそう。

また、源泉かけ流しの下田温泉は、沸かさず・薄めず・循環せずという純粋な天然温泉だとか。

温泉で疲れを癒し、まだ開いている食事処はありませんかと尋ねたが、居酒屋くらいしか開いていないという。

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近辺で唯一開いていた「とと源」という居酒屋に救われたが、熱中症気味なのでお酒は控えることに。

ご当地ものを味わうこともなく、ただただ水分とカロリーを欲していた体に麦茶とカレーライス・唐揚げを注ぎ込むという始末。

今度訪れるときには、ちゃんとお酒と海鮮を味わいたい。

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温泉の受付さんが困った顔で「野宿でしたら...」と教えてくださった場所がこちら。

道路沿いの展望所の駐車場みたいな場所。

真夏の夜にアスファルトの上で野宿です。

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辺りを蟹とフナムシが闊歩していた。

テント内はアスファルトの余熱で蒸れてサウナ状態。地獄。

それに、蟹やフナムシがテントにぶつかって「カサカサ」「カサカサ」と音を立てる。地獄。

滝のように流れ続ける汗で、枕代わりのタオルは絞れてしまうくらいに水分を含んでいた。

無事に朝を迎えることができるのか。

つづく。

厳冬期北海道一人旅おまけ

厳冬期北海道一人旅を無事に終えて九州に帰ってきました.

本編全7回の記事はこちらです.

seita.hatenablog.jp

本記事では旅のおまけとして

  • 装備

  • 自転車

  • 厳冬期の北海道,予想と実際

の3点についてお役立ち情報を記してみます.(役立つ人いるのかなあ...)

装備

この旅で最も神経を遣ったのが装備の選定です.

私はこれまでまともに氷点下の世界を体感したことがなく,一歩間違えれば命に関わる服装やシュラフも何を選べばいいのか全くわからない,ゼロからのスタートでした.

いままで春・夏しかツーリングしてこなかったツケですね(?)

真冬の北海道を一人旅したことのある莫迦人が周りに居なかったので,気軽に人に訊いてどうにかなるわけでもなく.

夜な夜な検索して辿り着いたのは「雪山登山」というキーワードでした.

極寒地で汗をかく雪山登山.どうやらこの自転車旅とシチュエーションが似ているようです.

レイヤリング

雪山登山で基本となる「レイヤリング」

これは,「ベースレイヤー」「ミドルレイヤー」「アウターレイヤー」と3層以上の構成にし,天候や運動量に応じて着脱することで温度調節を行うというものです.

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ベースには吸湿拡散・保温性能に優れたメリノウールを.

ミドルには保温・通気性能に優れたフリースとダウンを.

アウターには防風・防水・撥水・透湿性能に優れたハードシェルを.

体温が上がる走行中はダウンを脱ぎ,就寝時はシュラフに熱を伝えるためにハードシェルを脱ぐなど,臨機応変に着脱を繰り返しました.

ちなみに発汗量の多い手足を守るインナーグローブ・靴下もメリノウールです.

手足もそれぞれインナーの上にはアウターとして,防水・防風・透湿性能のあるグローブやスノーシューズを装備していました.

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足先は凍傷を防ぐため,常にカイロを貼りつけ.

指にはそんなスペースがないため,痛みが限界を迎えるたびにポケットに忍ばせたカイロで温めていました.

あとはサイクリングキャップで頭皮の冷えを抑えたり,ネックウォーマーで首元からの冷えを抑えたり.

寒さに弱い耳はイヤーマフで守りました.

装備一覧

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携行した装備は以下です.

  • カイロ(高温貼らない・貼る・足貼る)

  • シュラフ

  • エアマット

  • クローズドセルマット

  • エマージェンシーシート(シュラフカバー状・シート状)

  • シングルウォールシェルター(本体+ポール)

  • 簡易トイレ

  • トイレットペーパー・ティッシュ

  • 歯ブラシ・シェービング類

  • リップクリーム(UVカット

  • ウィスキー

  • 水筒・コップ

  • コッヘル・バーナー

  • コーヒーセット

  • 着替え3日分

  • グローブ(2レイヤー)

  • ネックウォーマー(2レイヤー)

  • サイクリングキャップ(2レイヤー)

  • イヤーマフ

  • ツーリングマップル

  • 小説

  • 日記帳・メモ帳・筆記用具

  • ミラーレス一眼(+レンズ4本)

  • アクションカム×2

  • 三脚・セルカ棒

  • モバイルバッテリ×2(計25000mAh)

  • 各種バッテリ,ケーブル類

  • ラジオ

  • コンパクトランタン

  • 温度計・コンパス

  • 財布

  • アイウェア

  • ヘルメット

  • ライト

  • GPSサイコン

  • パンク修理キット

  • 携帯ポンプ

  • マルチツール

  • 輪行袋

これらの中からいくつかピックアップして説明します.

寝床周り

ここはかなり気を遣いました.寝てる間に凍死したくはなかったので.

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まずはテント.アライのライズ1(シングルウォール)です.

ダブルウォールのテントに追加でスノーフライを購入するのが最も取り回しがしやすく,快適に過ごせそうでした.

しかしかなり高くつく.

金銭的に限りがある旅だったため,防風・保温性能はひとまず置いておき,とりあえず吹雪くらいは凌げる性能のシェルターを選びました.

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シングルウォール故に通気性能は絶望的,とんでもなく結露します.

結露するとはいってもテント内が氷点下のため,水滴がしたたることもなく,管理は楽でした.

次にシュラフ

体温の保持はこのシュラフにかかっています.

ここはしっかりお金をかけるべきところ.

求めるスペックとしてはコンフォート温度が-20℃あたり,リミット温度が-30℃くらいのもの.

mont-bell・ISUKA・NANGA「5万円くらいでどうよ」

安心と信頼のメーカーが提供する厳冬期シュラフは非常に高価です.

自転車買っちゃったしな...それはちょっと厳しい...

唸りながらAmazonを探し回っているとLMRというメーカーを発見.

中華ギアですが,求めるスペックのものが9000円程度で入手できました.

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信頼のメーカーではなかったので,念のためシュラフカバーとしてSOLのエマージェンシーシートを被せて使用.

-15℃の夜,寒くなかったといえば嘘になりますが,衣類も重ね着してなんとか凍死は免れました.

伸縮性に難ありでしたが粗悪品ということもなく,非常にコスパの良い寝袋でした.

最後に床.

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「空気の層を作れ」

レイヤリングについて調べていた時から,冬の装備の基本として何度もこの文字を目にしました.

ダウンシュラフはふかふかのダウンに空気を纏って体温を守りますが,背中のダウンは体重で潰れてしまうため性能を発揮できなくなります.

底冷えを防ぐべく,クローズドセルとエアマットが成す2重の空気の層によって,地面からの冷気も軽減させています.

ウィスキー

「そんなに酒が好きか!?」と思った方.その通りです.

が,ウィスキーを持って行ったのにはちゃんと理由があります.

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山岳救助犬が雪山で遭難者を救助する時に首からブランデーをぶら下げているそう.

アルコールは瞬時に体を温める効果があるので,低体温で危険な状態になった場合に飲もうと携行していました.

(※日中は自転車に乗るため飲んでいません.ストップ飲酒運転.)

簡易トイレ

見落としがちだったこの項目.

当初野宿予定していた場所のトイレはことごとく冬季閉鎖

(冬季,屋外のトイレは水が凍結してしまうため,運用するには高コストの暖房代が必要となる)

ヒトにとって食べることと同じくらいに出すことは大切です.

上手く日中にコンビニ等のトイレを活用したため結果として使う機会はありませんでしたが,冬の北海道自転車民にとっては緊急時用として不可欠です.

自転車

「雪道を走る時に困るのは何だろう」

検索結果と雪道の想像から,自転車の選定の際には「タイヤ」と「ブレーキ」の2点に着目しました.

タイヤ(太さとスパイク)

細いタイヤでは狭い面積に重量がかかるため,車輪が雪に埋まってしまいます.

雪道を快適に走るにはなるべく太いタイヤを.

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また,路面が凍結するアイスバーンではタイヤが太くともスリップしてしまうため,路面に噛みつくメタルの付いた「スパイクタイヤ」が必要です.

ディスクブレーキ

クロスバイクロードバイクにみられる「Vブレーキ」や「キャリパーブレ―キ」は,ホイールのリムをブレーキシューで挟み,摩擦で回転を止めます.

雪がリムに纏わりつくと,ブレーキの制動以前に車輪が回らなくなるようです.

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そこでディスクブレーキ.

ハブ付近はタイヤと離れているため,雪がくっつくことも少ない.

ついでにディスクブレーキは制動力が高いのもGoodです.

選ばれたのは

MASI GIRAMONDO 27.5 (2017年モデル) + Schwalbe ICE SPIKER PRO

これにリアキャリアとフォークキャリアを付けて,自転車は完成です.

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厳冬期の北海道,予想と実際

お財布事情も考えつつですが,できる限りの最善の装備を揃えて臨んだこの旅.

イメージしていた北海道旅と旅が終わった後の感想を列挙し比較してみます.

予想 実際
寒い 痛い
スパイクタイヤ履けば走れる 圧雪路の路肩が非常に走りにくい
- 車がこわい
走行中も防寒着が手放せない どんなに気温が低くても走っていると暑くなって薄着になる
夏の半分くらいの距離は走れる 内陸は雪深く距離が稼げないが,雪の少ない道東は走りやすい
夜はウィスキー飲めばどうにかなる 体温を無理やり上げた後の反動が怖くてあまり飲めない
セコマは神 セコマは神

最後に

温暖な気候の九州に住み,寒さと悪路を少し舐めていたなと思いました.

セコマは3年前の夏と変わらず神でした.

危険を伴うので決しておすすめはしませんが,厳冬期の北海道を走ってみたいという方は参考にしてみてください.

(吹雪いてなければ)雪景色はとてもきれいで幻想的です.

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